思い出の寝台列車シリーズ「はやぶさ・富士」編 その2は、乗車・九州編です。

EF66から下関で関門トンネル用のEF81に機関車交換します。
関東人の私には銀色のEF81-300が印象に残っていたのですが、どうやらEF81-300はJR貨物の所属になっていて旅客の「はやぶさ・富士」には充当されず普通のローズピンク400番台のカマでした。そんな印象だったので見た目は関東周辺に居るEF81と変わり映えせず、あまり記録に残していませんでした(´д`)

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なので、機関車交換シーンは次の門司から(^^;)
見慣れない交流機関車ED76のお出ましです。九州独特の膨らんだヘッドマーク。
そして、「はやぶさ」単独のデザインは昔から変わらず。昭和感が漂います。

「はやぶさ・富士」は、ここ門司で「はやぶさ」と「富士」編成が切り離し。
まず先に「はやぶさ」が発車するので、EF81-400の機関車交換と「はやぶさ・富士」の編成ごとに客車切り離しをするので後に発車する「富士」編成は門司で30分近くも停車します。

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客車も切り離すので、中間の「はやぶさ・富士」では機関車交換と同時に客車も切り離し。連結幌や連結ホースなどの付け替えも行われていて、機関車交換を見に行くと客車のホース付け替えは見られないという罠です(´д`)

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取り残された「富士」編成。
おっと、先に出た「はやぶさ」と同じ機関車でしたね。(当然、別の日に撮影したもの)
こちらの「富士」のヘッドマークは廃止間際では富士山の形をしていたので九州独特な丸く膨らんだデザインではありません。しかもヘッドマークが痛々しいです(´。`)

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「はやぶさ・富士」は「あけぼの」と同様に翌朝から立席特急券で乗れる区間がありました。
下りは下松から終点、熊本・大分までで、「立席」と言いながらも空いている寝台に座れるものでしたが、
廃止前などは、空いている寝台などは殆ど無く、通路の折りたたみ式の椅子に腰掛けられれば良い方で、ほんとうに立ち席となって車内を座席難民となってデッキ付近に居る乗客も居ました。
「あけぼの」羽後本荘枠とは違い、「はやぶさ・富士」は上段寝台の乗客の乗車区間制限は無かったので終点まで利用出来たのも立席特急券利用者の空いてる寝台が無い状態になったと言えるでしょう。
まぁブルートレインにちょっとだけ乗ってみようという廃止間際でにわか客?!も居たので、
特急券だけで寝台料金はかからない寝台列車に雰囲気だけでも良いという方々も多かったのでしょう、寝台の通路はご覧の様子です。

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雨に濡れる「富士」(これも別の日ですが、またED76 94号機でした。こうゆう事って結構あるあるですよね(^^;)

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JR九州の制服も、関東人には見慣れない光景で(^^;)
以前は九州行きの寝台列車は東京まで全区間を車掌だけJR九州の乗務区間だったこともあって、東京駅でも見られたのですが、廃止前には担当区がJR各社ごとに区切られてしまいました。

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さらに廃止前などは、上りの「富士」では中津で特急「ソニック」に抜かされるというダイヤでした。
寝台特急が特急に抜かされるというのは、結構なショックでしたが、客車で足が遅い寝台列車では仕方ないですかね。
寝台列車が無くなる直前などは、実は日本各地でこういった光景があり、電車特急や気動車特急に道を譲っていました。

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大分駅では「富士」が廃止になるということで「さよならセール?!」をやっていました。

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大分駅は今は高架駅になって、こんな雰囲気ではありません。

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熊本でも「はやぶさ」お別れムードが漂っていました。

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九州オリジナルの駅弁。これは買わずには居られません(^^;)

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東京に戻っても、「さよなら」ムードは続いていました。
やはり、ありがとう・・・さようなら・・・ですね。゚(゚´Д`゚)゜。

次回、その3は「撮影編」をお送りします。お楽しみに。