思い出の寝台列車シリーズ「はまなす」編も「北陸」同様に単編でお送りします。
ってか、個人的には「はまなす」にそんなネタは無い   最近多いです。この一人ボケ突っ込み(。・ω・)ノ

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寝台急行「はまなす」は、文字通り「急行」列車なので、定期列車運転末期の頃にはJRで唯一残る定期急行列車となっていました。

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24系寝台客車に「急行」の文字が見慣れない印象・・・

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北海道で良く有りがちだった「増1号車」
きっぷをよく見るとお判りでしょうか。「増 1号車」と書かれています。
多客期に増結される際、このような号車の割り振りになっていました。
通常の1号車と2号車のあいだに「増1号車」が入って都合3両の寝台車が連結されています。

基本編成は7両で、14系座席車自由席2両・指定席3両・24系B寝台2両の組成でした。
指定席はのびのびカーペット車1両とドリームカー2両の3両ですが、
多客期は最大12両まで増結され、8両編成以上で運転される日は自由席車両の14系座席車も指定席に充てられることもあり、自由席車を青森・札幌寄りに3両組み込み、さらに寝台車を1両増結する場合もありました。
そうすると通常の指定席であるドリームカーのような元グリーン座席のクオリティから、増結で仕立てられた簡易リクライニング座席の車両を指定席として使用することになり、同じ指定席料金で格差が生じる場面もありました。

寝台車を増結する場合、函館寄りから1号車 - 増*号車 - 2号車の順と、
「増1号車」と、2号車と1号車の間に増結するので「増21号車」などと呼ばれていましたが、このときは「増1号車」でした。
「増21号車」とかだと、21両以上繋いでいるの?!と思われたりしたのでしょうかね(((( ;゚д゚)))
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そして、「はまなす」と言えば、この車両。
しかし、車体の痛みが激しい・・・。
青函トンネルを走行するので、湿度や塩害に耐えられてないのでしょうか。

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側窓が特徴的な「のびのびカーペット」車

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車内はこんな感じ。
手前側が下段で、上にレールと並行に並んでいるのが上段部分の区画。
こちらも、「ゴロンとシート」同様に指定席料金だけで利用できます。
さらに、のびのびカーペット車にはシーツや枕が使用できるので、ほぼ寝台ですね。
ただ、14系座席車を改造して造られているので、
屋根が寝台のように丸屋根構造ではないため上段部分のクリアランスが足りない感じです。
サンライズエクスプレスの「ノビノビ座席」も、この車両の影響を受けていると言っても良いでしょう。

さらに、「はまなす」は急行なので、料金も安いです。
新幹線などから本州・北海道の乗り継ぎ割引も適用されましたので、急行料金は繁忙期でも札幌まで630円でした。
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青森22時17分発なので、発車前からもう寝静まっている車両も・・・。

しかし、自由席車両もあったので、北海道&東日本パス利用者には、座席委の争奪戦が繰り広げられていた時期もありました。
寝台や指定席「ドリームカー」や「のびのびカーペット」を利用している人は落ち着いております(´。`)
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「北陸」同様に、翌朝は札幌6時07分と早すぎる到着なので、目の前に広がる広大な北海道の景色もそこそこに、降車準備をしなくてはなりません。
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このヘッドマークもあまり白昼では見られないものです。

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札幌到着。函館でDD51に機関車交換されて、札幌運転所まで回送されます。

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急行「はまなす」レア画像(^^;)
奥羽本線の二ツ井駅にて停車中。
1990年(平成2年)から上り「はまなす」は定期運転の終着青森から奥羽本線秋田(9時頃着)で臨時延長運転していました。
この年は冬期のみの運転でしたが、翌年以降は夏・冬の多客期に運転し1996年(平成8年)まで行われました。
下りの札幌行きも同様に19時頃発車の秋田始発で青森を経由して以降は定期の「はまなす」スジに乗せていました。
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二ツ井駅で上りの大阪行き特急「白鳥」の待避をしていた時に撮影したもの。
ご覧の通り「はまなす」がED75-700牽引で運転している姿とボンネット485系の貴重なカット。どちらも、国鉄時代の名残を感じることができました。

そんな「はまなす」で使用されていた昭和時代の客車は、令和になっても乗れる車両が残っています。
東武鉄道のSL大樹で使用されている「ドリームカー」です。
大井川鐵道にも自由席用だった14系座席車を譲り受けましたが、使うつもりあるの?!という状態ですが。。。
ま、これも、いつまで在るか乗れるか分かりませんけどね・・・

以上、思い出の寝台列車シリーズ「はまなす」編でした。