思い出の寝台列車シリーズ「あけぼの」編 その4は、

「あけぼのにまつわるエトセトラ・・・」いわゆる、色々です(* ̄∇ ̄*)

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「あけぼの」は2014年(平成26年)3月14日に定期運行終了となりましたが、その前から廃止の声が囁かれていました。
まぁそれは「あけぼの」に限らず、そのご時世の寝台列車すべて言えることでしたが、並行する区間で新幹線や飛行機などが台頭することになって
寝台列車の乗車率の低さや料金の高さなどが影響してか、
列車単体での収支が思わしくないことや、夜間の運転になるため各停車駅の駅員や運転士・車掌の連続乗務など深夜勤務の問題、
使用する車両の老朽化を大義名分として、廃止の方向へ流れていく傾向でした。

個人的には普段では味わえないその雰囲気は非日常でとても高揚感があったのですけどね・・・

夜行列車の使い方としては、新幹線の最終列車が出た後に夜行列車が発車し、
翌朝は新幹線の始発が終点に到着する前に夜行列車が朝到着するダイヤが理想かと思います。

実際には上野発の青森行き「あけぼの」は、その日の「あけぼの」発車時間以降では新幹線で新青森まで行く「はやぶさ」はもうありませんが、「あけぼの」発車の1時間前、東京20時08分発の「はやぶさ19号」に乗れば当日中に新青森へ着いてしまうことが可能でした。
※定期「あけぼの」廃止間際の2013年9月改正当時のダイヤで

翌朝「あけぼの」は青森に到着するのが9時56分だったので、東京から翌朝始発の「はやぶさ1号」に乗れば新青森に9時47分到着と、「あけぼの」より速く青森地域に到着してかつ乗車時間が4時間程度で着いてしまうということで、
乗車時間だけで見ると別に前の日の夜から青森に向けて移動しなくても良いことになってしまいます。

その逆も然りで、上りの青森発「あけぼの」は18:08発なので、この「あけぼの」発車を見送っても、
そのあと新青森へ行けば上りの新幹線「はやて」・「はやぶさ」に乗れてその日のうちに東京へ着いてしまったんですよね・・・。

このような時間設定では、新幹線・飛行機には到底太刀打ち出来るわけがありませんね。。。
秋田地域では「あけぼの」優勢でしたが、その傾向も徐々に弱くなってしまったのでしょうね。
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それでも、列車の中で寝られるという、何とも言えない精神的・身体的安心感が新幹線・飛行機に無いものがありました。
青森駅に表示される「上野」の文字に安堵感を覚えたものです。
寝台列車にはそんな世界があったのです。強いて言うならば「逆に時間を楽しみながら移動」のかもしれませんが、この頃は前述のような大義名分に押されていました。

まぁ、一般的にはカーテン1枚で仕切ってあるだけで、列車に寝ながら移動することが受け入れられるかどうか・・・という価値観の話になってしまいますが(´。`)
そのために個室もありますけど。
夜行バスもそんな感じですが。。。

それを「良さ」と思うか、「悪さ」とおもうかは、個人的なことになります。


青森発上りの「あけぼの」静かに発車を待ちます。これから上京する人々の姿もちらほら。
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上野とは違った始発駅感がある、青森駅。
関東の人間にとっては、始発とは言え終着駅のイメージでしょうかね。

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上りの青森発にも何度か乗りました。

よく見るとお判りかと思いますが、この頃の「あけぼの」利用には普通乗車券は使わず、フリーきっぷを利用しています。
このときは「青森・函館フリーきっぷ」というものを利用しました。
発駅を首都圏(東京・横浜市内・大宮)から選び、フリーエリアが青森・函館エリアとなっていて、
フリーエリアまでの往復は、東北新幹線普通車指定席が利用できて、さらに「あけぼの」利用時にはB寝台(個室ソロも含む)が利用できるというもの。
7日間有効で29100円。発駅からフリーエリア南端の八戸・弘前、最北では北海道・函館本線の森駅まで往復できてフリーエリア内は特急自由席乗り放題です。
フリーきっぷ購入時に窓口で「あけぼの」の寝台を利用したいと申告すれば追加料金なしで指定を受けて乗れるというお得な切符でした。
すると、料金額のところが***の表示になっている、いわゆる”指ノミ券”が発券されて席番(部屋)指定を受けることが出来ます。

上りの「あけぼの」利用時には、「青森・函館フリーきっぷ」のおかげで、函館も訪れることが出来て北海道・道南と東北・青森周辺をセットで絡めて観光できるので、お陰様で?!「あけぼの」をよく利用させてもらいました。
復路で函館からダイレクトに「北斗星」にも乗って帰れるけど別途に特急・寝台券を買わなくてはなりませんが
「青森・函館フリーきっぷ」ならフリーきっぷで青森まで戻って「あけぼの」もフリーきっぷの料金内で上野へ帰れるという、妙な「あけぼの」マイホーム感がありました(^^;)

なので、↑の画像からお察しのとおり、森駅の「いかめし」を買って青森まで持って帰り「あけぼの」で夜食として食べるという自分だけの優越感に浸っていました(* ̄∇ ̄*)
また、フリーきっぷ有効期限最終日に「あけぼの」を使うことにより、日付が変わったその列車の終点まで有効という効力が適用され、きっぷの有効日数を実質一日伸ばす手段も使えました。(8日目の朝に上野駅へ到着してもOKでした)

このほか、「大館・秋田フリーきっぷ」というものもあり、同様に秋田エリアまで新幹線「こまち」か「あけぼの」を利用できる切符もあり、こちらの方が「あけぼの」の秋田到着時間が早朝なので新幹線より「あけぼの」利用時の有効活用が出来るため人気があったようです。

しかし、定期「あけぼの」廃止の頃にはこのようなフリーきっぷの設定は無くなってしまい、
「あけぼの」囲い込みの策略なのかと、ますます寝台列車廃止の流れが漂っておりました・・・。

フリーきっぷが無くなった後は、いかに安く「あけぼの」に乗るかという所が旅行者にとって焦点となっていたわけですが、
ここで注目するのが「ゴロンとシート」です。
その1でご紹介しましたが、同じ寝台車両を使用しているのですが座席扱いで指定席特急券のみで乗れる車両です。
枕・シーツと毛布の設備が無いですがB寝台に寝られて寝台料金がかからないので、人気がありました。
これは同じく並行する夜行バスに対抗して設定されたもので料金設定も寝台料金を無くすなど、かつての昭和@寝台列車ブームから考えると時代の流れを感じます。

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ゴロンとシートは女性専用車も設定され女性客も取り込む施策がされましたが、それでも廃止の方向へ進むのでした。
上野発の青森行き編成最後尾(青森発は先頭車)に設定され、通り抜けを防止するなどの考慮もされていたようですが・・・。

それでも、2013年末に正式に「あけぼの」廃止の案内がされると、以降、一気に指定が取りにくい状態になりました。
もともと人気のあった「ゴロンとシート」やB寝台個室ソロはもとより、解放B寝台ですら発売当日に満席になるという事も珍しくありませんでした。

そのB寝台を確保するのにちょっとした裏技?がありました。
俗に言う「羽後本荘枠」と呼ばれていたものです。

定期列車末期(2014年3月15日まで)における編成図
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Rauchen Verboten.svgRauchen Verboten.svgRauchen Verboten.svgRauchen Verboten.svgRauchen Verboten.svgRauchen Verboten.svgRauchen Verboten.svg
FゴBBBB1B1A1BBEG
上野←               →青森
なお、9・10号車は多客期のみ連結。
本節における座席種別凡例
A1=1人用A寝台個室「シングルデラックス」
B1=1人用B寝台個室「ソロ」
B=開放式B寝台
ゴ=普通車座席指定席「ゴロンとシート」
Fゴ=女性専用普通車座席指定席
「レディースゴロンとシート」
EG=電源車
Rauchen Verboten.svg=禁煙車
wikiより拝借。

上野発の下り「あけぼの」は2~4号車が解放B寝台が連結されていて、その中の4号車は翌朝の羽後本荘から青森間は立席特急券を利用すれば「あけぼの」に乗車可能でした。
同区間を走る昼行特急の「いなほ」を補完する形で秋田地域から青森方面へ行くときに「いなほ」の始発より前に乗れるという事で重宝がられていました。

上野発から高崎までの発駅でB寝台の着駅を羽後本荘までとすれば、上野→青森で空席照会をして満席でも、上野→羽後本荘で照会した場合は空いていることがありました。
そのあとは「立席」として寝台利用ではなくて座席利用にすれば、羽後本荘→青森間にも乗車できるので結果的に上野→青森まで通しで乗ることができるというものです。

上り列車も逆に「いなほ」の後でも青森→羽後本荘間は指定席特急券で「あけぼの」を利用できたため、同様に羽後本荘枠がありました。
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寝台区間を上野→羽後本荘間・立席特急券区間を羽後本荘→青森間として上野~青森間の乗車が可能でした。
このように料金補充券としての発券です。手書きの切符が、これがまた普通じゃない感が出ていてマニア的にもレア感がありました。
記事欄に上野~羽後本荘間のB寝台+羽後本荘→青森間の立席利用として記入されていて、このように特急料金も通算にして乗車できました。

しかしながら、このように窓口で時間をかけてもらって羽後本荘枠を駆使して無事に「あけぼの」4号車に乗れたとしても、
翌朝は羽後本荘から立席特急券を持った乗客が4号車に乗ってくるため、羽後本荘到着前(朝6時前)に寝ているところを、酒田駅あたりで事前に待機していた寝台解体作業員が4号車に乗り込んできて
自分で寝台に敷いていたシーツを剥がされ、さらに毛布・枕も作業員から容赦なく取り上げられ、
それを荷物棚として上段に放り投げ入れる光景を寝ぼけながら見届けるという、為す術なしのまま受け入れるしか無い無力さが、
子供の頃、夏休み中に親に朝から叩き起こされてラジオ体操へ無理矢理行かされるという
苦い記憶が蘇るのです・゚・(ノД`;)・゚・

ということで、これ以降は寝台を座席という使い方をして座る必要がありました。
このために、上段は使用済みの寝具を置いておくために使われ座席として使用できなくなるので
最初から上野から上段に指定された人は強制的に下段に降ろされて、そして下段の人は今まで自分のものだった下段にもう一人横に座っているという光景と、お互いに微妙に寝不足な感じを漂わせながら微妙な距離感を持って列車は進むのでした。
これが発車間際なら高揚感や初めましてな感じもあり色々と会話も弾むのでしょうが
起き抜けに早朝すぎて言葉が少ない空気が漂います。

さらに言うと、上野-羽後本荘間だけの寝台券を持っていた人が
事前に(しかも寝台発車時の日付の翌日付け乗車開始の)羽後本荘以北の区間での立席特急券を用意しておらず、
引き続き羽後本荘以北の区間を乗り通していたら車掌から立席特急券の車内精算を受け、もう一度特急料金を請求されるということになります。(つまり無札状態と同じ)

しかし、そんなことはお構いなしと羽後本荘から立席特急券で4号車に乗ってきた秋田のオバちゃんが
朝も早うから青森の知り合いに会いに行くという”トウホグ”訛りの会話が朝から否が応でも生活感を感じるのでした。

このような感じで、多客期には2~3号車が大館からも立席利用の対象号車に割り当てられて、寝台の空いている区画は座っても良いことになっていました。


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よく見ると、寝台上段のカーテンがグルグル巻きに捻られているのがお判りでしょうか。
これは羽後本荘から立席乗車の人が上段を使用されないように、または上野から上段に乗っていた人が引き続き上段を使用されないようにされたもの。
寝台解体作業員の技が光ります(((( ;゚д゚)))

ちなみに、「あけぼの」は2014年3月に定期列車としての運転は終了されましたが、その年のゴールデンウィークや夏の多客期の臨時列車として引き続き運転されました。
しかし、このときは立席特急券や指定席特急券で乗車できる制度は廃止されていたため、羽後本荘枠は無いまま臨時列車としても運転が終了し、いよいよ歴史に幕を閉じるのでした・・・。


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さらに、よく見ると寝台番号の下に座席指定の番号も併記されていました。
これが立席特急券も指定番号になります。
寝台を2人で座席として利用し、窓側がA席・通路側がC席として利用します。
さすがに真ん中のB席というのは有りませんでした。
定期列車で新幹線ならまだしも、肘掛けも仕切りも無い状態でB寝台の幅に3人でボックス最大合計6人で使用することも可能ではありますが、この使い方としては、団体利用や修学旅行ぐらいでしょうかね。

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上り「あけぼの」が上野に到着。
廃止間際では乗客を含め早朝から上野でも同業者で人手が多くなっていました。


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下りも同様に。。。

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こうして、「あけぼの」の夜は更けていきました。
このあとは「北陸」も来るし「能登」もあるよ!っていう頃が懐かしいですねぇ(´Д⊂)


では、次回、「あけぼの」編 最終回 その5 をお楽しみに。